第1回 あれもダンジリ?これもダンジリ!
〈ダンジリ語源考①〉

皆さんは、ダンジリという言葉をご存知でしょうか?

 

一生の中で、何百回、何千回と使う人にとっては自明の言葉ですが、知らない人にとっては、日本語なのか外国語なのか、食べ物なのか地名なのか、まったく想像が付かない呪文のような謎の言葉です。

 

ダンジリとは、祭に関わる言葉です。岸和田では、地車という漢字を当てて、下のような図1の祭具をダンジリと呼びます。ところが、岸和田から茅渟の海を隔てた先にある淡路島でダンジリといえば、図2のような姿の祭具が、ダンジリと呼ばれます。また、尾張(名古屋)の津島天王祭では、図3のような姿の祭具がダンジリと呼ばれ、車楽の漢字が当てられます。

 

 


図1  岸和田の地車(だんじり)  中町(岸城神社)の地車製作百周年を記念しての御披露目曳行。宮入道中にあるコナカラ坂でのヤリマワシ〈写真:森田玲〉

 

 


図2  淡路の檀尻(だんじり)  亀岡八幡宮の境内で演じられる迫真の「だんじり唄(義太夫節)」〈写真 :平田雅路〉

図3  津島天王祭の車楽(だんじり) 二艘の船の上に組まれた重層の屋台に能に因んだ人形を頂く。〈写真 :森田玲〉

さらに時代を遡ると、上記のような祭具だけではなく、羯鼓という太鼓を掛けた稚児が演じる舞が、ダンジリと呼ばれていました。図4のような祇園祭の鉾に乗る稚児は、その系譜に繋がる芸能と考えられています。


図4  祇園祭の稚児舞の披露(長刀鉾) 腰に付けた羯鼓を様式的な所作で打つ。巡行時には鉾に乗り込む。〈写真 :森田玲〉

このように、ダンジリという言葉が示す内容は、時代や地域によって大きく異なります。岸和田のダンジリと淡路のダンジリ、津島天王祭のダンジリ、そして祇園祭のダンジリは、まったく異なる姿です。しかしながら、それらが同じダンジリという言葉で呼ばれるに至った経緯には、何らかの理由があるはずです。

 

本サイトが対象とするダンジリは、摂河泉・瀬戸内海域の祭で広く用いられている、地車と太鼓台という文字で代表される二種類の祭具ですが、まずは、視野を大きく広げて、広義にダンジリの姿を捉えてみたいと思います。

 

つづく

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森田玲(民俗学者・篠笛奏者)
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サムネイル:「浪速浮世画壇松川半山翁遺稿」(摂河泉文庫)に着色

 

より詳しくは

『日本だんじり文化論』創元社(2021)→こちら
『岸和田だんじり図典』だんじり彫刻研究会(2024)→こちら